『Campbellの鋳造10則』を読んでみた その1
Campbell理論の考察と当社の技術アプローチ
John Campbell(キャンベル)教授は英国の鋳造研究者で、その著書『Castings Practice: The 10 Rules of Castings』は北米やインドを中心に鋳造技術者や現場エンジニアの間で広く読まれて、鋳造技術の「バイブル」と呼ばれることもあるそうです.日本ではあまり聞きませんが、国内の鋳造技術系の論文を調べていると同氏の著書が参照されているので知っている方は少なくなさそうです
今回、初版を入手して読んでみました
本書で紹介されている「10のルール」は、Campbell教授の考える「欠陥のない高品質な鋳物を製造するための基本原則」です.当社がこれまで現場でお客様にお伝えしてきた技術アドバイスと、多くの点で一致していることが印象的でした.
そこで、Campbell教授の「10のルール」を少しつずつご紹介しながら、当社の技術的な考え方やソリューションと照らし合わせ、現場目線で解説していきます.
キャンベル先生の経歴
Wikipedia
┗ https://en.wikipedia.org/wiki/John_Campbell_(casting_scientist)
John Campbell(ジョン・キャンベル)教授は、英国を代表する鋳造工学・鋳造冶金学の研究者であり、現在の鋳造業界に影響を与えた人物の一人です.特に酸化膜(Bifilm)理論を提唱したことで世界的に知られています.
生年:1938年
国籍:英国
専門:鋳造工学(Casting Technology)、材料工学、凝固・溶湯品質
最終所属:University of Birmingham
なお、ご存命です
新刊本(27年2月)も予定されてます
Complete Casting Handbook
┗ https://shop.elsevier.com/books/complete-casting-handbook/campbell/978-0-443-33506-8
学歴と学位
イギリスの3つの名門大学で物理学および冶金(材料)工学を修め、博士号を2つ取得するという異例の学識を持っています。 ケンブリッジ大学:修士号(MA) シェフィールド大学:修士号(MMet)バーミンガム大学:博士号(PhDおよびDEng / 工学博士)
産業界での実績
キャンベル教授の最大の強みは、生涯の大半を実際の鋳造工場の現場(ファウンドリ)で過ごしたことにあります.「自分は温かい夕食を食べた回数よりも、鋳物を作った回数のほうが多い」とユーモアを交えて語るほど現場主義です. コスワース・キャスティング・プロセスの開発F1(F-1)レーシングエンジン用のアルミニウム合金製シリンダーヘッドやブロックを製造するための革新的なプロセスを開発しました.電磁ポンプを用いて、重力に逆らって溶湯を型の下方から静かに充填する(向流充填)手法を確立し、欠陥を劇的に減らしました.アブレーション鋳造プロセス(Ablation Casting Process)への貢献近年では、水溶性の結合剤を用いた砂型に注湯した後、水を吹き付けて型を消失させながら急冷する革新的なプロセスの立ち上げに10年以上携わっています。 .
アカデミアでの経歴
バーミンガム大学 鋳造技術講座 教授(1998年〜)1998年に同大学の鋳造技術の初代教授に就任し、15年以上にわたり教鞭を執りながら、溶湯のハンドリングや欠陥生成メカニズムの研究を主導しました.現在は名誉教授(Professor Emeritus)となっています.
Campbell教授の特徴
Campbell教授の最大の特徴は、経験則や机上の学問ではなく現場で現象を説明しようとしたことです.
欠陥や機械的特性を溶湯の自由表面・酸化膜・流動・凝固という観点から体系化しました。そのため、彼の著書は単なる鋳造マニュアルではなく、鋳造現象を理解するための理論書として世界中で引用されています.
Cosworth Casting Process
Campbell教授は、Cosworth Casting Process の考案者としても知られています.この方法は自動車用シリンダーヘッド、エンジンブロックの高品質鋳造法として世界中に普及しました.
ルール1 溶湯の品質管理(Achieve good quality melt)
(当社の得意分野です)
Campbell教授が最初に挙げるのが、「鋳型へ注ぐ前の溶湯品質」です.
教授は、「鋳型へ注ぐ前の溶湯品質が悪ければ、その後どれほど優れた鋳型や湯道を設計しても、欠陥のない鋳物を作ることはできない」と繰り返し述べています.これは、当社がお客様へ何度もお伝えしている考え方そのものです.
溶湯品質を低下させる最大の原因は、
・酸化物(特に二層酸化膜:bifilm)
・水素などの溶存ガス
溶湯中に形成された酸化皮膜が折り畳まれることで生じる 二層酸化膜(bifilm) は、鋳物中ではクラックやリーク、疲労破壊の起点となります.そのため、注湯前にこれらを極力除去する、あるいは最初から発生させないプロセスづくりが重要になります.
Campbell教授は Good Quality Melt(良い溶湯)を次のように定義しています.
> (i) Substantially free from suspensions of non-metallic inclusions in general, and bifilms in particular.
> (ii) Relative freedom from bifilm-opening agents.
意訳すると、
・酸化膜やその他の非金属介在物がほとんど存在しないこと
・存在しているbifilmを開いて欠陥化させる要因(bifilm-opening agents)が少ないこと
ここでいう bifilm-opening agents には、水素ガスだけでなく、一部の合金元素や不純物も含まれるとのこと.
さらに教授は、
> It should be noted that such melts are not to be assumed, and, without proper treatment, are probably rare.
「適切な溶湯処理を行わない限り、このような良質な溶湯はほとんど存在しない」
(当社がフラックス処理や脱ガス処理を重要視している理由も、まさにここにあります)
Campbell教授が考えるポロシティ発生メカニズム
Campbell教授は、水素が多いからポロシティになるという一般的な考え方ではなく、
・bifilmが存在し
・そこへ水素が析出して
・bifilmが開口し
・ポロシティになる
というメカニズムを提唱しています.つまり、水素単独では必ずしもポロシティは形成されず、析出核となるbifilmの存在が重要である、という考え方です
興味深いことに、本書には次のような記述があります.
過飽和状態で溶存しているだけの水素は、それ自体は必ずしも有害ではない可能性がある.逆に、水素量が多くてもポロシティがほとんど発生しないのであれば、析出核となるbifilmがほとんど存在しない、非常に清浄な溶湯である可能性がある(本当でしょうか?💦)
当社の熱分析で(指数として)酸化膜や酸化物の混入量がわかりますので、Campbell理論を定量化して鋳造技術として導入するのに最適です
AIによるイメージです
溶解(Melting)
Campbell教授は、溶解炉の種類や運用方法も溶湯品質へ大きく影響するとしています.通常のるつぼ炉、傾動炉、誘導炉、反射炉では、装入材表面の酸化膜が溶湯中へ巻き込まれやすくなります.特に砂型鋳物のリターン材は酸化膜が厚く、溶湯品質を悪化させやすいと指摘しています.
一方で金型鋳型のリターン材は比較的酸化膜(表面酸化膜)が少ない傾向がありますが、酸化膜は厚さに関係なく巻き込まれれば有害であることに変わりありません.
「溶解しただけの溶湯は、基本的に良質な溶湯ではない」
繰り返しになりますが、これですね
It should be noted that such melts are not to be assumed, and, without proper treatment, are probably rare.
「適切な溶湯処理を行わない限り、良質な溶湯はほとんど存在しない」
AIによるイメージです!
保持(Holding)
保持炉も溶湯品質へ大きく影響します.Campbell教授は Cosworth Process を好例として紹介しています.保持炉内で酸化物を浮上・沈降させ、中間深さ付近の比較的清浄な溶湯だけを**電磁ポンプ**で取り出し、そのまま鋳型へ送ることで自由落下注湯を避けています.
コスワース鋳造プロセスの開発(マツダ)
┗ https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200902283467866153
滝落としと低鋳炉の発泡
低鋳保持炉の話になりますが、
一般的な低圧鋳造用保持炉では、取鍋でフラックス処理や脱ガス処理や沈静をしてから保持炉に投入する際に約1m程度の高さから溶湯が落下させることが多く、新たな酸化膜の巻き込み、炉底に沈積していた酸化物の再攪拌が発生しやすいと指摘しています.(実際に低鋳工場で熱分析すると、取鍋よりも保持炉が汚れていました)
なお、次の点はキャンベル教授は指摘していないと思いますが、低鋳保持炉にはこんな欠点があります.
その熱分析した関東の低鋳工場では、一般的な低鋳保持炉で大気(空気)で加圧して鋳造するために、耐火材を保持炉の炉底から発泡現象が起きていました.炉内を加圧するとその気体は溶湯表面を押し下げるだけでなく、耐火材の微細な気孔に侵入し滞留します.
加圧→耐火材にも入る→大気開放→出口に近い分だけ抜ける、奥に入り込んだ空気は抵抗(流路抵抗)が大きく滞留→再加圧→さらに奥に入り込む→炉壁や炉底の溶湯側に圧縮空気が抜ける→溶湯中の酸化物や水素が増える、ということが起きてます
空気の泡のうち酸素はアルミと反応して酸化膜になり、水素は溶湯中に分散します.気泡は窒素です.
滝落としは、集中溶解炉から取鍋に移す工場でもよく目にしますし、取鍋からダイカストの保持炉に移す工場でもよく目にします.
保持炉や汲み出し口で処理をするからいいんだ、と思われるかも知れませんが、滝落としを解消できれば処理時間やフラックス量も減らすことができるはずですし、当然不良も減ります
アクセル技研(炉内発泡を解消する低鋳用保持炉)
┗ https://axellgiken.com/
AIによるイメージです!!
注湯(Pouring)
鋳造工場では、取鍋への移し替えや注湯を行います.Campbell教授は、そのたびに表面酸化膜が巻き込まれると述べています.
理論的には、落下高さが静滴高さ以下であれば酸化膜は巻き込まれません.アルミニウムではその高さは約12 mm程度(12.7mmですね).もちろん実際の現場で12 mm以下を守ることは困難ですが、基本的な考え方は「落下高さは低いほどよい」ということです.
実験では100 mm程度まで損傷をある程度制御できた例も紹介されていますが、200 mmを超える自由落下では損傷が著しく増加するとしています.Cosworth Processでは、この問題を避けるため、溶湯を水平チャネルで搬送し、最後に下から鋳型へ充填する方式を採用しています.
イメージです
溶湯処理(Melt Treatments)
現在主流となっている回転脱ガスは、水素除去には非常に有効と言ってます.一方でCampbell教授は、この処理自体が微細なbifilmを新たに生成する可能性についても言及しています.おそらくですが、気泡が大きいと溶湯表面で弾けたり跳ねたりしてできる酸化膜のことです.これを回避する方法は、当社のサポートを受けた工場さまはご存知ですよね.
Campbell教授は「どのフラックスを使うべきか」「どう処理をするべきか」という点についてはほとんど述べていないようです。それよりも、「酸化膜を作らない工程設計」を最も重要視しています。一方、現実の鋳造工場では酸化膜の発生を完全に避けることは難しく、インゴットの中にすでに酸化膜がいます.この酸化膜を効率よく除去するためのフラックス処理が不可欠です。当社では、「酸化膜を作らない努力」と「酸化膜を確実に除去する技術」の両方が重要と考えています。
当社としては、この点を追加して指摘したいと思います
・インゴットの中にすでに酸化膜やフラックスの残渣がある.
・不適切なフラックス、処理方法によって多くの工場でわざわざ酸化膜を練り込んでいる
だから
・安いインゴットより、いいインゴットを買ってほしい
→熱分析をしている高品質な二次合金を販売しています
・安いインゴットを買うなら、いい処理をしてほしい
→キャンベル理論を導入したいとお考えの方は、熱分析装置があれば定量化と検証ができます
AIイメージです
ルール2 表面乱流による巻き込みを避ける(Avoid turbulent entrainment)
Campbell教授は、鋳造欠陥の大部分は、表面乱流による酸化膜や気泡の巻き込みが原因である、と述べています.その判断基準として示されるのが、
臨界速度(Critical Surface Velocity) 約0.5 m/s です.
・0.5 m/s以下では比較的安全
・超えたからといって必ず欠陥になるわけではない
・しかし超えるほど巻き込みリスクは急激に増加する
という考え方です.
酸化膜チューブ
フィルターや湯口から溶湯が細いジェットとなって噴き出すと、その周囲に筒状の酸化膜が形成されます.Campbell教授はこれを Oxide Flow Tube(酸化膜チューブ)と呼んでいます.流速が十分低ければ、この酸化膜チューブは短いままフィルター付近に留まります.しかし流速が高くなると、酸化膜チューブが破断し、そのまま鋳型内へ流れ込み、欠陥の原因になるとのこと.
落下禁止条件
重力鋳造では、自由落下はできるだけ避けるべきとされています.
基本原則は、
・落下は湯口内だけに限定する
・湯口底以降は上向きに流す
・ゲートは鋳物最下部に設ける
・鋳型内で滝のように落下させない
というものです.
湯口設計
Campbell教授は、円筒形やストレートテーパー形の湯口は推奨していません(日本ではよくみかけますが、注ぎ方で問題を回避できているんでしょうか)
その理由は、
・流速が不安定になる
・空気を巻き込みやすい
・ドロスや酸化膜を吸い込みやすい
・渦流が発生しやすい
ためです.
理論的には、ベルヌーイの式から導かれる**双曲線形状**が理想とされています.また、湯口底に大きな湯溜まりを設けると酸化物を再攪拌するため、十分な曲率半径でそのまま湯道へ接続することを推奨しています.
湯道設計
良い湯道とは、
・空気を巻き込まない
・酸化膜を巻き込まない
・臨界表面速度以下で鋳型へ流入させる
・毎回同じ充填挙動を再現できる
ものです.
Campbell教授は、「湯道は単に溶湯を運ぶ通路ではなく、**溶湯を傷つけずに鋳型へ送り届ける装置**である」と繰り返し述べています.当社でも、フラックス処理・脱ガス・熱分析だけでなく、湯道〜方案設計まで含めてご提案している理由がここにあります.
次回は、**ルール3・ルール4**についてご紹介します.