いまさら聞けない「アルミ溶湯の沈静時間」について(考察)
現場で特に注意すべき固相析出物をどう扱うか
アルミ鋳造では、溶湯を一定時間静置してから注湯することがあります.この静置には,大きく二つの目的があります.
ひとつは,湯面側へノロや酸化膜を浮上させて除去する鎮静
もうひとつは,高比重の固相析出物や異物を底部へ沈める沈静です
本記事では,後者の沈静に着目し,現場で特に注意すべき化合物に絞って整理します.
今回対象とするのは,以下の群です.
酸化アルミニウム(Al₂O₃)
スピネル(MgAl₂O₄)
Fe-Al 系金属間化合物
窒化アルミニウム(AlN)
二酸化ケイ素(SiO₂)
いずれも品質不良や異物欠陥の原因になりやすく,溶湯管理において重要な存在です.
まず,これらの化合物はアルミ溶湯より密度が高いものが多く,静置すると基本的に沈降側に働きます.
アルミ合金溶湯の密度は概ね 2.3〜2.4 g/cm³ 程度です.
各化合物の代表的な密度は次の通りです.
Al₂O₃:3.9–4.0 g/cm³
MgAl₂O₄:3.55–3.64 g/cm³
Fe-Al 系(Fe₂Al₅,FeAl₃):3.5–4.2 g/cm³
AlN:3.26 g/cm³
SiO₂(石英系):2.65 g/cm³
石英系の SiO₂ を含め,いずれもアルミ溶湯より重く,基本的には沈静対象として扱えます.
ただし,
重いからすぐ沈むとは限らない
という点が重要です.
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保持温度環境におけるスピネル生成
Mg を含むアルミ合金を保持炉内で一定時間静置していると、酸化アルミニウム(Al₂O₃)系の酸化膜が時間とともに MgAl₂O₄ スピネルへ変化する可能性があります.
特に ADC12 や A356 系のように Mg を含むアルミ溶湯と酸化物界面において保持温度域(一般に 680〜750℃ 程度)においてもスピネル化が進行しうることが、高温での直接実験および Al-Mg 溶湯を用いた複合材料分野の研究で知られています.
鋳造現場の保持炉環境においても,長時間保持や Mg 含有量,酸化膜の成長条件によっては,Al₂O₃ 系酸化膜の一部がスピネル化する可能性は十分考えられます.そしてAl / MgO 界面においても TEM 観察によりスピネル層形成が確認されており,液体アルミとの接触界面で MgAl₂O₄ が生成しうることが示されています.
ここでいうスピネルは宝石のスピネルではなく,MgAl₂O₄ という酸化物相の名称です.
実際には,数 µm〜数十 µm 程度の灰色〜黒灰色の微細硬質粒子や酸化膜中の析出物として存在します.
そのため,保持時間が長くなるほど,除去しにくい硬質ノロやフィルター負荷の一因となる可能性があり,
単純に長く置けば良いとは言えません
SiO₂ の形態に関する補足
SiO₂ の密度は形態によって大きく異なります.
石英(結晶質)では 2.65 g/cm³ 程度ですが,非晶質シリカ(アモルファス SiO₂)では 2.2 g/cm³ 前後となり,アルミ溶湯より軽くなる場合があります.
したがって,炉材由来や外来異物として混入する SiO₂ は,
必ずしも沈むとは断定できません
混入源が不明な場合や再利用材を使用する場合は,この点に注意が必要です.
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沈静速度を決めるのは比重差と粘度、粒径
ストークスの法則
沈静時間は密度差だけで決まりません.
実務上は,むしろ 粒子サイズ(凝集体サイズ) の影響が非常に大きいです.
理論的には,沈降速度は ストークスの法則で近似できます.
この式から分かる重要な点は,
粒径は2乗で効く、粘度が半分なら2倍速く沈む
ということです.
つまり,
粒径2倍 → 速度4倍
粒径3倍 → 速度9倍
になります.
現場感覚でも,
粗い異物はすぐ沈む
細かいものはなかなか沈まない
但し実際に問題となるのは「凝集体」
現場で問題になるのは,単一粒子というより
酸化膜片
スピネル凝集体
Fe 系粗大晶
窒化物塊
外来異物の SiO₂ 粒子
です.
つまり,移動する単位は 数十 µm 以上であることが多いです.
このため,沈静時間の設計では,代表粒径として 20〜50 µm 程度をまず想定するのが現実的です.
沈静時間の目安
ストークスの法則に基づく試算を示します.
計算条件
粒径:20 µm / 50 µm
密度差:約 1.0g / cm3(アルミ合金溶湯との比重差です)
粘度:水の約2倍(安全側に振った評価です)
20 µm 凝集体
10 cm → 約7分
20 cm → 約14分
30 cm → 約21分
40 cm → 約29分
50 cm → 約36分
50 µm 粗い異物
10 cm → 約1分
20 cm → 約2分
30 cm → 約3分
40 cm → 約5分
50 cm → 約6分
なお,沈降時間は粘度に比例します.
そのため,仮定した粘度が半分になれば,沈降時間も概ね半分になります.
本記事では安全側の見積もりとして水の約2倍の粘度を用いていますが,実際のアルミ溶湯ではこれより低粘度となる場合があり,沈静はより速く進行する可能性はあります.しかしながら、ナトリウム系フラックスは粘度を上げますので、ぜひ当社の粘度を下げるカナエフラックスをお試しください.
化合物ごとの注意点
Al₂O₃ と MgAl₂O₄
この二つは特に重要です.
非常に硬く,フィルターや製品中に残ると異物欠陥につながりやすいです.
Fe-Al 系
Fe₂Al₅ や FeAl₃ は粗大晶として発生しやすく,硬質異物として問題になります.
AlN
頻出ではないものの,窒素雰囲気や窒素吹込み条件では注意が必要です.
SiO₂
炉材や外来異物として混入するケースがあり,結晶質か非晶質かによって挙動が異なります
補足:すべての凝集体が想定通りに沈むとは限らない
本記事で示した沈静時間は,ストークスの法則に基づき,ある程度緻密な凝集体を仮定した一次近似の試算です.
実際の鋳造現場では,すべての異物や凝集体がこの想定通りに沈降するとは限りません.
たとえば,
比重の軽い非晶質 SiO₂
フラックス残渣を含んだ多孔質凝集体
Naフラックス使用溶湯に多いbifilm(酸化膜片)
気泡やガスを巻き込んだ酸化物
などは,見かけ密度が低下するため,沈降速度が大きく低下する,あるいは場合によっては浮上側に働くことがあります.
特に気体を巻き込んだ凝集体では,真の化合物密度よりも実効密度が大きく低下し,試算よりもはるかに沈みにくくなるケースがあります.
またアルミノシリケート系残渣や bifilm が溶湯中に多く漂っている場合,本来の密度差に基づく沈降・浮上挙動が妨げられ(トラップされ)ます.凝固時の熱伝導がよくなくて凝集していくケースもありますが、密度差の違うもの同士の沈降/浮上/浮遊・懸濁の過程でトラップされることで、凝固後に一見するとガス欠陥だけど中にBifilmやトラップされた酸化物がいたりします.またこういった部分は凝固の過程で温度の高いところに押し出され、そこが最終凝固点になることで引け巣もあるような複合欠陥になります
また重い粒子が膜状残渣に捕捉されて浮遊したり,軽いノロが重質異物と凝集して浮上しにくくなったりするため,理論計算通りの沈静/鎮静時間になりません
ナトリウムフラックス由来のアルミノシリケートやその複合体、 bifilm(酸化膜片)が溶湯中に漂っていると,ストークス沈降とは外れていきます.
参考文献
Ohya et al., Materials Transactions, 2020
Yang et al., Materials Transactions, 2015
最適な沈静/鎮静時間は熱分析で見極める
ここまで,密度差や粒径をもとに沈静・鎮静時間の目安を理論的に整理してきました.
しかし実際の鋳造現場では,異物や凝集体の形態,気泡の巻き込み,酸化膜の状態,保持温度によって挙動は大きく変化します.
沈むものは沈める、浮くものは浮かせて除去するには、まずは適切なフラックスを使用してナトリウムフラックス由来の浮遊物を作らない、そして粘度を下げることです.すると浮くものは浮き、沈むものは沈むようになります
但し見えませんので、本来は熱分析で現場最適値を決めてください.結晶核(異種核)は豊富な方が凝固バランスが良くなり(先行凝固による局所閉塞が起きにくい)ますが、これも沈みます.また機械や方案によって最適値も異なります.
という考え方が最も実務的であり,不良低減と品質安定化に直結します.
(次回、「保持炉と汲み出しの間にフィルターがあるから大丈夫」の嘘)
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